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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4588号 判決

控訴人

株式会社中華楼

右代表者代表取締役

王秀臣

右訴訟代理人弁護士

羽柴駿

菊地幸夫

補助参加人

森山英治

外七名

右補助参加人ら訴訟代理人弁護士

霜鳥敦

被控訴人

ロイヤル株式会社

右代表者代表取締役

稲田直太

右訴訟代理人弁護士

黒田節哉

杉山功郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、当審において参加によって生じた費用は、補助参加人らの負担とし、その余は、原審および当審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  主文一、二と同旨

2  訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする、

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとりであるから、これをここに引用する。

一  原判決三頁二行目の「朋昌」の次に「(以下「朋昌」という。」を、同三行目の「賃料」の次に「一か月」をそれぞれ加え、同行目の「で賃貸し」を「(以下「本件賃料」という。)で賃貸し(以下、この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)」と改め、同四行目の「賃料債権」の次に「(以下「本件賃料債権」という。)」を加え、同六行目の「シノケム・ジャパン」を「シノケム・ジャパン株式会社(以下「シノケム・ジャパン」という。)」と、同八行目の「右賃料債権」及び同九行目の「前項の賃料債権」をいずれも「本件賃料債権」とそれぞれ改め、同行目の「株式会社淺川組」の次に「(以下「淺川組」という。)」を、同一一行目の「第一九三九号」の次に「。以下「本件仮差押命令」という。」をそれぞれ加える。

二  原判決四頁一〇行目の「株式会社」の次に「。以下「三和ビジネスクレジット」という。」を加える。

三  原判決五頁八行目から同九行目にかけての「賃料債権」を「本件賃料債権」と、同一〇行目の「右債権仮差押命令」を「本件仮差押命令」とそれぞれ改める。

四  原判決六頁一行目の「前記賃料債権」及び同二行目の「第1項の賃料債権」をいずれも「本件賃料債権」と改め。同四行目の「第一二八三号」の次に「。以下「本件差押命令」という。」を加える。

五  原判決八頁一一行目から同九頁一行目にかけての「平成六年八月一〇日」を「右同日」と改める。

六  原判決九頁六行目及び同一〇行目の各「賃料債権」をいずれも「本件賃料債権」と、同七行目の「右差押命令」を「本件差押命令」と、同一一行目の「淺川組」から同行目の「債権差押え」までを「本件仮差押命令と本件差押命令」とそれぞれ改める。

七  原判決一〇頁一行目の「右賃料債務」から同二行目の「原告の」までを「本件賃料を本件仮差押命令による仮差押え金額三〇〇〇万円と本件差押命令による」と改め。同六行目の「相殺」の次に「(その一)」を、同行目の次に行を改めて

「控訴人は、シノケム・ジャパンから本件賃貸借契約上の賃借人としての地位を引き継いだことにより、シノケム・ジャパンが本件賃貸借契約締結に際して朋昌に対して預託した二億九八〇〇万円の保証金(以下「本件保証金」という。)の返還請求権(以下「本件保証金返還請求権」という。)を取得した。」

をそれぞれ加え、同七行目の「本件賃貸借契約書」を「ところで、本件賃貸借契約の契約書(以下「本件賃貸借契約書」という。)」と改める。

八  原判決一一頁一〇行目の「差押え」を「強制執行」と改める。

九  原判決一二頁六行目の「金二億九八〇〇万円の」を「本件」と、同一〇行目から同一六頁九行目までを

「 2 保証金返還請求権との相殺(その二)

(一)  本件賃貸借契約の終了

(1) 前記のとおり、本件賃貸借契約書一二条六項は、賃貸人が強制執行、仮処分等を受け、保証金の返還ができない場合、賃借人は保証金返還請求権を保全するため本件建物を差し押さえる権利があると定めている。そして、仮差押えは、右条項に掲げられていないが、保全の必要がある点では仮処分と同様であるから、右強制執行、仮処分等の中には仮差押えも含むと解すべきことも、前示のとおりである。そうである以上、このような賃貸人の信用不安を示す強制執行、仮処分あるいは仮差押えの取消しを求めることは、同条項により賃借人に認められた正当な行為であって、賃貸人がこれに応じないときは、信用不安が現実のものと認められることとなるのであるから、賃借人が契約を解除して保証金の早期回収を図ることができるのは、当然のことである。

そこで、控訴人は、平成六年一二月一二日到達の内容証明郵便(乙第一三号証の一。以下「本件内容証明郵便(一)」という。)により、朋昌に対し、二週間以内に本件仮差押命令及び本件差押命令(以下、両者を合わせて「本件差押命令等」という。)の取消しのために必要な措置を取ることを求めるとともに、右期間内に右措置が取られないときは本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除通知」という。)をした。しかるに、朋昌は、右期間内に右措置を取らなかったから、同月二六日の経過により、本件賃貸借契約は、解除された。

(2) また、本件賃貸借契約書七条三項は、当事者は互いに契約期間中でも六か月前に相手方に予告して契約を解除することができると定めている。そして、控訴人は、本件内容証明郵便(一)において、前記(1)の本件解除通知とともに、予備的に、右条項に基づき六か月後に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除予告」という。)をしたから、仮に本件解除通知が効力を生じないとしても、平成七年六月一二日の経過により、本件賃貸借契約は、解除された。

(二)  本件保証金返還請求権の履行期の到来(その一)

(1) 本件賃貸借契約書一二条五項は、保証金は「契約期間の満了」により賃借人が本件建物を賃貸人に完全に引き渡すのと引換えに返還すると定めている。そして、右条項にいう「契約期間の満了」は契約終了の場合の一つの例示にすぎず、契約終了と同義に解すべきであるから、右条項は、すべての契約終了の場合に適用があるのである。もし右条項を文字通り「契約期間の満了」の場合のみに適用があり、それ以外の場合はすべて一般原則に従って明渡しが先履行であるとすると、賃貸人が自己都合によって途中解約した場合も、賃借人は建物を明け渡した後でなければ保証金の返還を受けられないことになり、賃貸人及び賃借人の双方に責任のない契約期間の満了による契約終了の場合に賃借人が明渡しと引換えに保証金の返還を受けられるのと比べて、明らかに均衡を失することになる。

したがって、本件保証金の返還と本件建物の明渡しとは、同時履行の関係にある。

(2) 控訴人は、平成七年一〇月六日をもって本件建物において営業してきた中華料理店を閉店し、同月一七日までに室内の主要な備品類を撤去して明渡しの用意を完了した上、同月一八日到達の内容証明郵便(乙第一七号証の一。以下「本件内容証明郵便(二)」という。)により、朋昌に対し、その旨を通知して受領を催告した(以下、この催告を「本件明渡通知」という。)。

そして、建物の明渡しは、民法四九三条但書きにいう「債務ノ履行ニ付キ債権者ノ行為ヲ要スル」債務であり、その弁済の提供としては「弁済ノ準備ヲ為シタルコトヲ通知シテ其受領ヲ催告スルヲ以テ足ル」のであるから、控訴人が右のように明渡しの用意を完了し、その旨を通知して受領を催告したことにより、本件建物の明渡債務の履行として債務の本旨に従った弁済の現実の提供があったというべきである。

なお、控訴人は、本件明渡通知において本件建物の明渡しと引換えに本件保証金全額の返還を求めているが、仮に本件保証金の五〇パーセントが本件賃貸借契約書一五条に基づき違約金として償却されるなどして控訴人が本件保証金全額の返還を求めることができないとしても、この点は、本件建物の明渡債務の弁済の提供の有無とは直接の関係のない事柄である。

また、控訴人と朋昌は、平成七年一〇月から同年一一月にかけて、本件建物の明渡しに関して協議を行い、その結果、朋昌から控訴人に対して返還されるべき本件保証金の額について、二億九八〇〇万円の五〇パーセントに当たる一億四九〇〇万円を基本とし、そこから更に未払債務を控除した残額とする旨の合意(以下「本件相殺合意」という。)をしたが、この協議において、朋昌は、この本件建物の明渡債務の弁済の提供自体については何ら異議を述べなかった。してみると、朋昌も、本件明渡通知により控訴人の本件建物の明渡債務について債務の本旨に従った弁済の提供があったと認めていたことは、明らかである。

したがって、平成七年一〇月一八日、控訴人の本件建物の明渡債務について弁済の提供がされたというべきである。

(三)  本件保証金返還請求権の履行期の到来(その二)

仮に契約解除の場合には本件賃貸借契約書一二条五項の適用がなく、一般原則に従って本件建物の明渡しが本件保証金の返還よりも先履行になるとしても、本件においては、控訴人は、本件建物の明渡しに必要な準備を完了して朋昌にその受領を催告したにもかかわらず、朋昌が自己の都合により、すなわち、本件建物の明渡しを受領した場合に返還すべ保証金の返還原資の用意ができないため、その受領を拒絶している状況にある。したがって、朋昌には、もはや本件建物の明渡しの先履行を求める正当な利益がないものとみなされるべきであり、その結果、控訴人の本件保証金返還請求権の履行期は到来したものとみるべきである。また、朋昌の前記態度は、本件建物の明渡しの先履行を求める権利を事実上放棄したものとみるべきである。

(四)  相殺の意思表示

控訴人は、平成七年一〇月一八日到達の本件内容証明郵便(二)(乙第一七号証の一)により、朋昌に対し、本件保証金返還請求権と控訴人が本件賃貸借契約に基づき負担する一切の債務とを対当額で相殺する旨の意思表示(以下「本件相殺通知」という。)をした。

なお、控訴人は前記のとおり、その後朋昌との間に本件相殺合意をしているが、本件相殺合意は、本件保証金返還請求権と本件差押命令等に係る本件賃料債権(以下「本件被差押賃料債権」という。)との相殺の成否については本件訴訟において継続中であるので、その結論のいかんにかかわらず一定金額の保証金を返還することとしたものであって、被控訴人の主張するように本件被差押賃料債権を相殺の対象外にしたものではないし、また、本件相殺合意は、本件相殺通知により既に成立した相殺後に朋昌が返還すべき本件保証金の額を当事者の合意によって確定させたものにすぎず、被控訴人の主張するようにこれによって新たに相殺の合意をしたものではない。

3 本件賃料債権の消滅

(一)  本件建物は、朋昌と補助参加人らとの共有(朋昌の持分三七八一四分の八八七四、補助参加人らの持分二八九四〇)に属するものである。

(二)  朋昌は、補助参加人らとの間に賃貸借契約(乙第二号証。以下「原賃貸借契約」という。)を締結して本件建物を賃借した上、シノケム・ジャパンとの間に本件賃貸借契約を締結し、これをシノケム・ジャパンに対して転貸したものであり、本件賃貸借契約は、いわゆる転貸借契約である。

(三)  控訴人は、平成六年七月一五日ころ、補助参加人らから、内容証明郵便(乙第一〇号証)により、民法六一三条による賃料の直接支払を請求され。これに応じないと補助参加人らは朋昌との原賃貸借契約を解除するとの意向であったため、やむなく同年一〇月分から同年一二月分までの毎月の賃料のうち補助参加人らの共有持分に応じた一二二万一七三五円を支払った。

(四)  したがって。本件賃料債権のうち平成六年一〇月分から同年一二月分までのそれは、毎月一二二万一七三五円の限度で消滅した。

なお、民法六一三条に定める原賃貸人の転借人に対する賃料の直接支払請求権は、転貸借契約とは別個に同条によって特別に認められた権利であるから、転貸借契約に基づく賃料債権が仮差押えを受けても、その行使を妨げられることはないものと解すべきである。したがって、補助参加人らの控訴人に対する賃料直接支払請求権は本件仮差押命令の対象とはなっておらず、補助参加人らは、その行使を妨げられず、控訴人は、その支払を禁止されていない。

4 本件賃料債権の不発生

本件賃貸借契約は、前記2(一)(1)、(2)のとおり、本件解除通知により平成六年一二月二六日の経過によって解除されたか、又は本件解除予告により平成七年六月一二日の経過によって解除された。

したがって、右解除の日の翌日以降は、本件賃料債権は発生しない。

5 賃料相当損害金

(一)(1)  賃料相当損害金の不発生

控訴人は、前記のとおり、本件建物の明渡しの準備を完了した上、平成七年一〇月一八日、本件明渡通知により、朋昌に対して本件建物の明渡債務の弁済の提供をしたが、朋昌は、引換えに支払うべき本件保証金の返還原資の用意ができず、支払を待ってほしいとの態度をとっているため、控訴人は、留置権に基づき、現在も本件建物を留置して占有している。

したがって、本件建物について、賃料相当損害金は発生していない。

(二)  賃料相当損害金と本件差押命令等

仮に控訴人に本件建物について朋昌に対する賃料相当損害金の支払債務が発生するとしても、それは、賃料債務とは別個の原因に基づいて発生する別個の債務であるから、本件差押命令等の効力は及ばない、

四 (被控訴人の反論)

1 保証金返還請求権との相殺(その一)について

(一)  本件賃貸借契約書一二条六項は、本件建物への差押えを認めるだけで、本件保証金の履行期が到来したものとみなすものではない。

(二)  また、本件賃貸借契約書一二条六項には仮差押えは記載されていないから、仮差押えには同条は適用されない。

2 保証金返還請求権との相殺(その二)について

(一)  本件賃貸借契約の終了について

本件解除通知は、朋昌に何らの債務不履行もないので、その効力を生じない。

(二)  本件保証金返還請求権の履行期の到来(その一)について

(1) 本件賃貸借契約書一二条五項によれば、保証金は契約期間の満了により賃借人が賃貸人に対して本件建物を完全に引き渡すのと引換えに支払うと定められている。そして、右契約書は、その七条や九条の見出しにおいては「契約終了」との表現を用いているのに対し、二条や一五条においては「期間満了」との表現を用いて、両者を区別しているから、右一二条五項にいう「契約期間の終了」が契約終了の例示にすぎないとは、到底解釈し難い。また、右契約書は、保証金の返還について、その一〇条三項、一五条の諸規定からも窺われるように契約終了の時期、原因によってその取扱いを異にする態度を示しているのであるから、右一二条五項において契約期間満了の場合のみを特に保証金返還と同時履行としたとしても、格別不自然、不合理であるとはいえない。

したがって、右一二条五項は、契約期間の満了による本件賃貸借契約終了の場合にのみ適用されるもので、その他の契約解除等の原因による本件賃貸借契約の終了の場合には適用されないものと解すべきであるから、本件の場合、一般原則に従い、本件建物の明渡しが先履行となり、その明渡しがない以上本件保証金返還請求権は発生せず、本件建物の明渡しと本件保証金の返還とは、同時履行の関係にない。

(2) 適法な本件建物の明渡しの提供の不存在

ア 控訴人は、自ら主張するように、主要な備品類を撤去したのみで、その余の物品を残置したままであるから、いまだ本件建物について適法な明渡しの提供をしたとはいえない。なお、本件賃貸借契約書九条にいう「現状有姿のまま」とは、不動産に附合した内装備品類を原状に復する必要がないということを意味するにとどまり、動産類まで残置してよいという意味ではない。

イ また、本件賃貸借契約書一五条によれば、賃借人が右契約書七条によって、又は入居五年以内(平成九年二月末日まで)に本件賃貸借契約を解除する場合には、賃貸人が本件保証金の五〇パーセントを違約金として取得すると定めている。

したがって、本件解除通知又は本件解除予告のいずれかによって本件賃貸借契約が解除されたとしても、控訴人は、本件保証金二億九八〇〇万円の五〇パーセントに当たる一億四九〇〇万円については返還請求権を失ったことが明らかである。しかるに、控訴人は本件明渡通知において、本件建物の明渡しと引換えに本件保証金二億九八〇〇万円から未払賃料等の債務を控除した金額の支払を求めているから、本件明渡通知による明渡しの提供は、本件保証金の引換給付を前提とするものであり、決して無条件のものではない。したがって、朋昌が本件賃貸借契約書一五条に則して本件保証金の五〇パーセントを減額して返還の提供をしたとしても、直ちに控訴人から本件建物の明渡しを受けることができないのであるから、控訴人の右明渡しの提供は、適法な明渡しの提供とはいえない。

ウ 控訴人主張の朋昌との間の本件相殺合意の成立については、否認する。

(三)  相殺の意思表示について

(1) 第三債務者が相殺をもって差押債権者に対抗することができるかを考えるに当たっては、第三債務者の有する相殺に対する期待が合理的であって保護に値するか否かという視点を欠かすことができないところ、本件においては、次に述べるように、控訴人には相殺についての合理的な期待がなく、かつ、本件保証金返還請求権は本件差押命令等の後に発生したものであるから、控訴人は、本件保証金返還請求権をもって本件賃料債権と相殺することはできない。すなわち、本件賃貸借契約書によれば、賃借人は、本件賃貸借契約に基づく一切の債務を担保するため賃貸人に対して保証金として二億九八〇〇万円を預託するものとされ(一二条一項)、保証金には利息を付さず(同三項)、賃借人は保証金を預託してあることを理由に賃料および諸経費の支払を拒むことができず、また、賃料その他の債務の支払に充当又は相殺を主張することができず(同四項)、賃貸人が契約期間中に契約を解除する場合は、保証金全額が賃借人に返還されるものの(一〇条三項)、賃借人からの六か月前の予告による契約の解除及び入居後五年以内の契約の解除の場合は、保証金の五〇パーセントが違約金として賃貸人に取得され賃借人には返還されない(一五条、七条三項)ものとされている。右のような本件賃貸借契約書の諸条項に徴すれば、賃借人が具体的現実的に本件建物の明渡しの提供をするまでは本件保証金によって担保される債務が確定しないのはもちろんのこと、契約解除の時期及び原因のいかんによっては返還されるべき保証金の額すら大きく変動することになるのであるから、賃借人は、少なくとも本件建物の明渡しの提供をするまでは、二重の意味で不安定な地位にあり、相殺の期待などは全くないものといわねばならず、また、本件保証金返還請求権は、本件建物の明渡しの提供をまって具体的に発生するものといわなければならない。

(2) 相殺禁止の約定の存在

本件賃貸借契約書一二条四項は、本件保証金返済請求権をもって本件賃料債権と相殺することを禁じている。

したがって、本件相殺通知は、その効力を生じない。

(3) 本件相殺合意による本件被差押賃料債権の相殺の対象外化

仮に本件相殺合意が存在するとしても、本件相殺合意においては、本件被差押賃料債権は相殺の対象外とすることが合意されている。すなわち、控訴人の主張によれば、本件相殺の合意においては、①朋昌は控訴人に対し本件保証金二億九八〇〇万円からその五〇パーセントを償却した残額一億四九〇〇万円から更に未払賃料二八〇〇万円を控除した一億二一〇〇万円を返還することとし、②本件被差押賃料債権約四〇〇〇万円についての本件訴訟の結論いかんにかかわらず、右一億二一〇〇万円の金額に変わりがないことを合意したというのであるが、控訴人が支払を停止した平成六年六月分から平成七年一〇月一七日分までの本件賃料合計は六八〇〇万八九〇六円となり、これから本件被差押賃料債権合計四〇〇〇万八四六〇円を控除すると二八〇〇万〇四四六円となり、この金額は本件相殺合意によって控除することとされた前記未払賃料二八〇〇万円と極めて近似するから、本件相殺合意においては本件被差押賃料債権は相殺の対象外とされていると解することによって初めて、前記②の合意が合理的に説明されるのである。

(4) また、仮に本件相殺合意が成立したとしても、本件相殺合意は、本件賃貸借契約書の条項を離れて専ら朋昌の支払能力を理由に妥協した結果新しく成立した合意であり、しかも、それは、本件相殺通知が効力を有しないことを自認した上でか、又は本件相殺通知によっていったん消滅した自働および受働の両債権を当事者の合意により復活させた上で、改めて相殺契約をし直したものといわざるを得ない。

したがって、本件相殺合意に基づく本件保証金返還請求権は、本件差押命令等の後に新たに発生した債権といわざるを得ないから、本件被差押賃料債権との相殺は、許されない。

3 本件賃料債権の消滅について

控訴人は、平成六年四月三〇日に淺川組による本件仮差押命令の送達を受けているから、手続相対効により、右送達後における補助参加人らに対する賃料の直接支払をもって被控訴人に対抗することができない。」とそれぞれ改める。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  保証金返還請求権との相殺(その一)について

乙第三号証によれば、本件賃貸借契約書一二条六項には、控訴人主張のとおりの定めのあることが認められる。しかし、その文言にかんがみれば、右条項は、賃貸人が強制執行等を受け、賃借人に本件保証金を返還することができない場合に、賃借人の有する本件保証金返還請求権を保全するため、賃借人に本件建物を差し押さえる権利を認めたにとどまるものであることは明らかであり、それを超えて、一般に、あるいは相殺との関係において本件保証金返還請求権の履行期が到来したものとみなすことを定めたものと解することはできない。控訴人は、右条項は、賃貸人に信用不安が生じたときは、賃借人が本件保証金返還請求権を保全するためその履行期が到来したものとみなして必要な措置を取ることを許容したものと解すべきであると主張するが、そのような解釈は、右条項の文言を逸脱するものであって、採用することができない。

二  保証金返還請求権との相殺(その二)について

1  本件賃貸借契約の終了について

(一)  控訴人は、本件賃貸借契約は朋昌が本件差押命令等の取消しのために必要な措置を取らなかったため債務不履行により解除されたと主張する。

しかしながら、賃貸借契約においては、賃貸人の賃貸物を使用収益させる債務と賃借人の賃料支払債務とが主たる債務の内容をなすのであり、保証金に関する約定は付随的なものにすぎないところ、本件賃貸借契約について、賃貸人である朋昌が本件差押命令等により本件賃料債権の差押えを受け、そのことにより朋昌に信用不安を生じ、本件保証金の返還について不安を生じたからといって、本件保証金返還請求権の履行期はいまだ到来しておらず、現実に履行遅滞が生じているわけではないし、まして、本件建物の使用収益が現実に妨げられたわけではないから、朋昌にはいまだ何らの債務不履行も存在しないものといわざるを得ない。

したがって、控訴人の右主張は、採用することができない。

(二)  次に、控訴人は、本件賃貸借契約は本件解除予告により平成七年六月一二日の経過により終了したと主張する。

乙第三号証及び第一三号証の一によれば、本件賃貸借契約書七条三項に当事者は互いに契約期間中でも六か月前に相手方に予告して契約を解除することができる旨の定めがあること及び控訴人が平成六年一二月一二日到達の本件内容証明郵便(一)により朋昌に対して本件解除予告をしたことが認められる。そうすると、本件賃貸借契約は、右同日から六か月を経過した平成七年六月一二日の経過によって解除されたものというべきである。

2  本件保証金返還請求権の履行時期の到来について

(一)  本件保証金の返還と本件建物の明渡しの同時履行関係

本件賃貸借契約書(乙第三号証)一二条五項は、「保証金は契約期間の満了により、乙(賃借人)が物件を甲(賃貸人)に完全に引き渡すのと引き換えに返還するものとする。但し、延滞賃料等乙が甲に支払うべき債務があるときは、保証金よりこれらの債務を控除した後、その残りを遅延なく返還するものとする。」と定めているところ、控訴人は、右条項にいう「契約期間の満了」は例示であり、右条項はすべての契約終了の場合に適用があると主張するのに対し、被控訴人は、右条項は、その文言通り「契約期間の満了」の場合にのみ適用があり、それ以外の原因による契約の終了の場合は一般原則によるのであり、右条項は適用がないと主張する。

しかし、本件賃貸借契約書一二条は「保証金」という見出しの下に、本件保証金の金額(一項)、その預託方法(二項)、保証金には利息を付さないこと(三項)並びに賃借人は保証金を預託していることを理由に賃料及び諸経費の支払を拒むことができず、かつ、賃料その他の債務の支払に充当又は相殺を主張することができないこと(四項)を定めた後、五項として前記の条項を、次いで、六項として前記の賃貸人が強制執行等を受けた場合の賃借人による本件建物差押えに関する条項を定めているのであり、同条は、保証金についてその預託から返還までを定めた原則的な約定ということができ、右契約書中他に保証金について定めた約定としては、賃貸人が契約期間中に契約解除を申し出た場合には保証金全額を返還する旨を定めた一〇条三項並びに前記の賃借人が七条による予告解除をした場合及び入居五年以内に契約を解除した場合に賃貸人が保証金の五〇パーセントを取得すること並びに入居後六年以降の契約解除及び契約期間満了の場合でもその二〇パーセントを償却することを定めた一五条が存するのみである。このように右一二条は本件保証金の預託から返還までを定めた原則的な約定であること、右一〇条三項及び一五条は契約の終了原因によって返還されるべき保証金の額に区別を設けているのみで、その返還時期について区別を設けるものではないこと、保証金の返還時期について契約期間満了の場合とそれ以外の場合とで区別すべき実質的な理由はないこと、また、契約当事者が殊更右両者の場合を区別して取り扱おうとしたことを窺うべき事情も見当たらないことに照らすと、右一二条五項にいう「契約期間の満了」とは、契約終了の場合の一つを例示したものであり、契約終了一般を意味するものと解するのが相当である。

したがって、本件保証金の返還と本件建物の明渡しとは、同時履行の関係にあるものと認められるのが相当である。

(二)  本件建物の明渡しの提供の有無

まず、賃貸借契約終了に伴う賃借人の賃貸人に対する建物の明渡債務は、民法四九三条但書きにいう「債務ノ履行ニ付キ債権者ノ行為ヲ要スル」債務に当たるから、その債務の弁済の提供としては、債務者は、弁済の準備をした上、賃貸人に対してその旨を通知して受領を催告すれば足りるものというべきである。

そして、証拠(乙第一七号証の一、二、第一八号証の一ないし八、控訴人代表者本人尋問の結果)によれば、控訴人は、平成七年一〇月六日それまで本件建物において営業していた中華料理店を閉店し、その後本件建物内の主要な什器備品類を撤去した上、朋昌に対し、同月一八日到達の本件内容証明郵便(二)により、本件明渡通知及び本件相殺通知を行うとともに、本件保証金の返還があるまでは留置権に基づき本件建物を占有する旨を通知したこと、もっとも、右時点においては、まだ本件建物の中には若干の動産類が残っており、また、本件建物の入口には「誠に勝手ながら店内改装の為、しばらくの間休業させて頂きます。中華楼」と記載した貼り紙が張ってあったこと、控訴人と朋昌は、その後、本件建物の明渡しに伴う本件保証金の返還について協議を行ったが、右協議の過程において朋昌から控訴人に対して本件建物の明渡しについて右の程度では不十分である等の異議が出されたことはないことが認められる。

右認定の事実によれば、本件明渡通知によって平成七年一〇月一八日本件建物の明渡義務について控訴人から朋昌に対して適法な弁済の提供があったと認めるのが相当であり、本件建物内になお若干の動産類が残っていたこと及びその入口に前記のような貼り紙が張られていたことも、右動産類残置の程度及び右貼り紙の記載文言並びに朋昌がこの店を格別問題としていないことを合わせれ考えれば、右認定を左右するほどのこととはいえない。

ところで、被控訴人は、本件賃貸借契約書一五条によれば控訴人は本件保証金の五〇パーセントしか返還を求めることができないのに、控訴人は本件明渡通知において本件保証金全額の返還を前提としてその返還との引換えによる本件建物の明渡しを通知しているから、本件建物の明渡債務について適法な弁済の提供があったとは認められないと主張する。しかしながら、まず、前記のとおり、本件建物の明渡しと本件保証金の返還とは同時履行の関係にあるのであるから、控訴人が本件明渡通知において本件建物の明渡しを本件保証金の返還との引換えに係らせていたとしても、そのこと自体は何ら問題はない。そして、本件賃貸借契約書一五条において右契約書七条による予告解除の場合には本件保証金の五〇パーセントを違約金として賃貸人が取得すると定めていることは、前記認定のとおりであるところ、本件内容証明郵便(二)(乙第一七号証の一)によれば、本件明渡通知においては控訴人が返還を求める本件保証金の額についての明確な記載はないが、控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を合わせれば、控訴人としては本件保証金全額の返還を期待していたことが認められる。しかしながら、また、右控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は本件保証金全額の返還に固執するものでないことも認めることができる。そうすると、本件相殺通知は、控訴人が本件明渡通知において本件保証金全額の返還を前提としてそれが認められないときは本件建物の明渡しに応じられないとまでの意思を表明していたものとは解し難く、控訴人が本件明渡通知において本件保証金の全額返還を期待するような態度をとっていたとしても、そのことによって本件建物の明渡債務の弁済の提供としての効果が減殺されるものと解することはできない。したがって、被控訴人の右主張は、採用することができない。

(三)  そうすると、本件保証金返還請求権は、平成七年一〇月一八日その履行期が到来したものというべきである。

3  相殺の自働債権(本件保証金返還請求権)の額について

控訴人が朋昌に対して預託していた本件保証金の額は前記のとおり二億九八〇〇万円であるが、本件賃貸借契約は、控訴人が本件賃貸借契約書七条三項に基づき予告解除をしたことにより終了したのであるから、控訴人は、前記のとおり、右契約書一五条により、右二億九八〇〇万円の五〇パーセントを違約金として朋昌に取得され、その残額の一億四九〇〇万円の返還を請求することができるにすぎないというべきである。

したがって、控訴人が本件賃料債権との相殺に自働債権として供することのできる本件保証金返済請求権の額は、一億四九〇〇万円である。

4  相殺の受働債権(本件賃料債権)の額について

本件賃貸借契約は、控訴人からの本件解除予告により平成七年六月一二日の経過により終了し、その後の同年一〇月一八日控訴人から朋昌に対して本件建物の明渡債務について適法な弁済の提供がされたことは、前記のとおりである。そうすると、控訴人は、朋昌に対して同年六月一二日までは一か月四一〇万九七〇〇円の割合による本件賃料を、その後同年一〇月一八日までは本件賃料と同額の賃料相当損害金を支払うべき義務があることになる。

なお、乙第一、第二号証、第一〇、第一一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件建物は、朋昌と補助参加人らが共有するものであり、朋昌が補助参加人らから賃借した上、シノケム・ジャパン、次いで、控訴人に対して賃貸(転貸)しているものであること、補助参加人らは、平成六年七月一五日ころ、民法六一三条に基づき、控訴人に対して本件賃料の直接支払を求めたこと、そこで、控訴人は、同年九月二〇日、補助参加人らとの間に、同年一〇月分以降の毎月の本件賃料のうち一二二万一七三五円ずつを補助参加人らに対して支払うことを約し、右同月分から同年一二月分まで本件賃料のうち毎月一二二万一七三五円ずつを補助参加人らに対して支払ったことが認められる。しかしながら、民法六一三条に定める賃貸人の転借人に対する直接請求権は、賃貸借において転貸借関係が存する場合に賃貸人の権利を保護するために特別に認められたものであり、これによって賃貸人と転借人との間に賃借人(転貸人)と転借人との間とは別個に契約関係が生じ、転借人が賃借人(転貸人)に対するのとは別個に賃貸人に対しても賃料支払等の債務を負うことになるわけではなく、転借人はあくまで一個の債務を賃貸人及び賃借人(転貸人)に対して並存的に負うことになるにすぎないものというべきである。したがって、転借人が賃料支払債務について第三債務者として差押命令又は仮差押命令を受けた場合には、転借人は右差押命令等により右債務の支払を禁止され、賃貸人から賃料の直接支払を求められても、これを支払うことは許されず、仮にこれを支払ったとしても、右差押命令等の債権者に対してその支払をもって対抗することができないものといわざるを得ない。したがって、控訴人は、本件差押命令の債権者である被控訴人に対する関係では、補助参加人らに対して前記のように平成六年一〇月分から同年一二月分までの本件賃料のうち毎月一二二万一七三五円ずつ合計三六六万五二〇五円を直接支払ったことをもって対抗することができないものといわなければならないから、被控訴人との関係で本件保証金返還請求権と本件賃料債権との相殺の成否を判断すべき本件においては、右控訴人の補助参加人らに対する本件賃料直接支払の事実は考慮しないこととする。

そうすると、本件保証金返還請求権との相殺に供される受働債権である本件賃料債権の額は、本件仮差押命令によって仮差押えされた平成六年六月分から平成七年一〇月一八日までの本件賃料及び賃料相当損害金の合計六八一四万一四七七円となる。

5  相殺の成否について

(一)  控訴人が平成七年一〇月一八日朋昌に対して本件内容証明郵便(二)により本件相殺通知をしたことは、前記認定のとおりである。

そうすると、本件相殺通知によって、債権額一億二一〇〇万円の本件保証金返還請求権を自働債権とし、債権額六八一四万一四七七円の本件賃料債権を受働債権として対当額で相殺に供され、これにより本件賃料債権は全額消滅したことになる。

(二)  被控訴人は、控訴人は本件保証金返還請求権による相殺について合理的な期待がなく、かつ、本件保証金返還請求権は本件差押命令等の後に発生したものであるから、控訴人が本件保証金返還権をもって本件賃料債権と相殺することは許されないと主張する。

しかしながら、本件保証金返還請求権は、その履行期こそ前記のとおり本件建物を明け渡したときに到来するものの、債権としては、本件保証金が預託された時に既に発生しているものというべきである。もっとも、返還されるべき本件保証金の額は、本件賃貸借契約の終了の原因によって前記のとおり区別が設けられ、また、本件保証金の返還時に未払賃料その他の債務があればこれを控除されることになるから、本件保証金の返還時までは確定しないことになるが、それだからといって、本件建物の明渡しがあるまで本件保証金返還請求権が債権として発生していないとか、控訴人が相殺について合理的な期待を有していないとはいえない。したがって、被控訴人の右主張は、採用することができない。

(三)  被控訴人は、また、本件賃貸借契約書一二条四項により本件保証金返還請求権をもって本件賃料債権と相殺することは禁じられていると主張する。

しかしながら、右条項の要旨は前記のとおりであるが、その文言によれば、右条項は、本件賃貸借契約の存続中に本件保証金返還請求権をもって賃料等の支払を拒み、あるいは賃料等への充当又は相殺を主張することを禁じたにすぎないものと解され、本件賃貸借契約の終了後においてもなおこれを禁じたものとは解されず、また、実質的にみても、本件賃貸借契約が終了して契約関係を清算するに当たって、未払賃料等の債務がある場合に、本件保証金の返還との相殺を認めず、別途その支払いを求めることは、契約関係の清算の方法としては迂遠、複雑な方法であり、当事者の合理的な意思解釈としても、本件賃貸借契約の締結に当たって当事者がこのような方法を選択したものとは解されない。したがって、被控訴人の右主張は採用することができない。

(四)  被控訴人は、さらに、仮に本件相殺合意の成立が認められるならば、本件相殺合意によって本件被差押賃料債権は本件保証金返還請求権による相殺の対象外とされたとか、本件相殺合意は本件相殺通知によっていったん消滅した自働及び受働の両債権を復活させて改めて締結された相殺契約であると主張する。しかし、仮に本件相殺合意により右主張の前段部分のような合意がされたとしても、本件相殺通知によって既に相殺の効果が生じた後にされた右のような合意によって右相殺の効果を覆すことはできないから、右主張は、主張自体失当といわねばならない。もっとも、右主張が本件相殺合意は本件相殺通知によってされた相殺の意思表示を撤回し、自働及び受働の両債権を復活させて改めて本件被差押賃料債権を除外して締結された相殺契約であると主張する趣旨であるとすれば、それは、被控訴人の前記主張の後段部分と同旨の主張となる。そこで、検討する。

控訴人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人が平成七年一〇月一八日朋昌に対して本件明渡通知により本件建物の明渡しの提供をした後、控訴人と朋昌とは控訴人が返還を受けるべき本件保証金の額について協議を行い、その結果、確定的合意であるか暫定的合意であるかはともかく、控訴人が本件相殺合意として主張する内容の合意に達したことが一応認められないではない。しかし、本件相殺合意は、前記のようなその成立の経緯からも明らかなように、本件建物の明渡しに伴い返還されるべき本件保証金の額について控訴人と朋昌との間に意見の相違があったところから、双方協議の結果その額について合意したにとどまるものであって、これによって本件相殺通知によって既にされた相殺の意思表示を撤回して改めて相殺契約をしたものとは到底解し得ない。

したがって、被控訴人の右主張も、採用することができない。

三  以上みてきたところによれば、本件被差押賃料債権は、本件相殺通知によって全額消滅したことになるから、被控訴人の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるを得ない。

よって、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の本件請求を棄却することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官星野雅紀 裁判官吉戒修一)

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